映画『8番出口』で監督を務めた川村監督の「河内さんをこの映画でスターにしたい」という言葉どおり、この映画ではおじさん役の河内さんの存在が際立っていました。
この記事では、おじさんがどうなったのかの考察や、演じる河内さんはどんな人なのかを紹介していきます。
また、少年は誰だったのかについての考察もしていますので、ぜひあなたの考えとも照らし合わせてみてくださいね。
- 『8番出口』のおじさんを演じている河内さんはどんな人なのか
- おじさんを演じる河内さんのすごさ
- 『8番出口』のおじさんはどうなったのか
- 少年は誰の子どもなのか
- 迷う男が吸入薬を使うことの効果は?
映画『8番出口』のおじさん
映画『8番出口』でインパクトのある「おじさん」。
ここでは、謎に包まれているおじさんについて、次のような紹介と考察を行います。
- 「おじさん」を演じているのは、河内大和(こうち やまと)さん
- 河内さんのすごさ
- おじさんはどうなったのか?【ネタバレあり】
「おじさん」を演じているのは、河内大和(こうち やまと)さん
『8番出口』でインパクトのある芝居を見せているのがおじさん役の河内大和さん。
河内さんは、1978年生まれで、もともと舞台を主戦場とする役者さんです。
特にシェイクスピア作品への思い入れが強く、シェイクスピアカンパニー「G.GARAGE」を立ち上げ、演出なども担当されています。
2023年には、『VIVANT』で連続ドラマに初出演。その後、映像作品にも出演するようになっています。
河内さんのすごさ
映画『8番出口』のおじさんは、機械的に歩くことが求められ、同じように何度も何度も男とすれ違わなくてはなりません。
それを同じテイクを使うことなく、同じように歩いて同じように曲がる動作を繰り返し行うことは容易ではありません。
河内さんは、舞台上で歩くトレーニングを重ねてきた経験を活かし、あのような不気味で機械的な動きを創りあげています。
笑ったときの不可思議さもそうです。人が笑うときは、通常は人間味が表れます。それが、おじさんの笑顔は違う。
どこか人間を感じさせない笑顔の表現が絶妙で、見る者に「怖さ」を感じさせるのです。
【参考記事】https://www.cinematoday.jp/news/N0150606

おじさんはどうなったのか?【ネタバレあり】
ここで重要なのは、最初の「ご案内 Information」に書かれていた文言。
そこには、一番下に「8番出口から外に出ること」とありました。
しかし、おじさんは「8番出口」ではない、幻の出口から出て行ってしまう。
つまり、あの出口は「異変」だったのです。
少年は、あの出口を「異変」だと認識して止めようとしましたが、おじさんは「外に出られる」という欲望に抗えず、階段を上がっていってしまいました。
「俺は悪くない」と言って、出て行ったのが印象的です。この言葉は、おじさんがあの階段を本当の出口だと信じていなければ出ない言葉です。
「俺は悪くない」は、自身が少年を連れて行かないことを、正当化するための言葉だから。
しかし、結局、異なる出口から出ようとしたおじさんは、あの世界のルールを破ったこととなり、無限ループの世界に取り込まれてしまったと考えられます。
おじさんがあの世界から出るチャンスは、もう二度と訪れないのでしょう。
映画『8番出口』ネタバレありのレビュー

ここでは、次の2点について、考察しています。
- 「地下道で迷う少年」は誰だったのか
- 迷う男は、なぜ吸入薬を持つ必要があったのか
「地下道で迷う少年」は誰だったのか
考えられる可能性は2つあります。
A:少年が自分で言ったように、母とはぐれた子ども(男とはなんの関係もない)
B:男が彼女とよりを戻さずに、彼女が1人で子どもを産んだ世界での子ども
手がかりは、「地下道で出会う女性」と「海のシーン」でしょう。これらのシーンをどう受け取るかで解釈が変わるように思います。
「地下道で出会う女性」に対して、少年は「おかあさん」と呼んでいました。あのとき、地下道にいた女性は、男の彼女でした。
これをそのまま解釈すると、Bの「彼女が1人で子どもを産んだ世界での男の子ども」と考えられます。
しかし、あの地下道では「自分が今会いたいと思っている人が見える」と仮定すると、意味が変わってきます。男には「彼女」に見え、少年には「母親」が見えていて、2人に見えていた人が異なる人物である可能性があるからです。
海のシーンでは、「少年」が「迷う男」の子どもとして登場します。
これもそのまま受け取ると、Bの「男と彼女の子ども」となるのが自然です。
しかし、海のシーンにおける子どもは、「男の想像の中の子ども」とも捉えられます。
当然ながら、男の子どもは実際にはまだ生まれていません。そのため、男は子どもの具体的なイメージがない状態であの地下道に入っています。
そこにちょうど現れた「少年」を、まだ見ぬ自分の子どもと重ねたかもしれません。
そのため、海のシーンではこれから生まれる子どもに、今そばにいる「少年」が投影される形で出てきたとも考えられるのです。
とはいえ、彼女のお腹にいる子どもについてどうすべきか迷いながら地下道に入ったことを考えると、男と子どもには関連性があると考えるのが妥当かもしれません。
つまり、「迷う男」というのはダブルミーニングで、自分の子どもをどうするかに「迷い」、迷宮のような地下道で道に「迷った」。
心のなかでの迷いが、迷宮の地下道に迷うことにつながったとすると、少年は男の子どもである可能性が高いのでは、と考えられます。
そうなると、おじさんは何に迷っていたのだろうか?
おじさんが少年と出会った意味はなんだったのだろうか?
と、私たちまでも迷宮に迷いこみそうになります。
迷う男は、なぜ吸入薬を持つ必要があったのか
おそらく彼の設定として喘息などの呼吸器疾患が予想されますが、その設定にはなんらかの意味・意図があるはずです。
これは推測ですが、焦りや苦しさの感情表現をわかりやすくしたのではないかと考えられます。
この映画は、同じ場所をぐるぐる歩くもので動きが少ないです。ともすれば、物語に入り込みにくく、感情移入しにくいとも言えます。
見る者に、自分がそこであたかも体験していることのように感じてもらう手段として、彼の焦りや苦しさをわかりやすくするため、呼吸器系の疾患が設定されたのではないでしょうか。



コメント