言わずと知れた『鬼滅の刃』。今や、日本に住むほとんどの人がその名を知っているのではないかという圧倒的知名度。
海外でも有名で、多くの国で上映されている作品です。
この記事は、『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』を映画館で見た感想とレビューです。
盛大にネタバレしていますので、内容を知りたくない方はご注意ください。
映画館では、絶対泣くのがわかってたので、ハンドタオルを持って行って、膝において準備していました。
そして、全然まだ泣くシーンなんて出てきていないのに、この後のことを思って涙がこぼれます(漫画は全巻読了しています)。
猗窩座
猗窩座は鬼でありながら、人気キャラクターのひとり。
彼が人気である理由には、彼が鬼になった背景や性格に関係がありそうだ。この記事では、そのあたりを考察してみた。
猗窩座が自分を殺そうとした理由
「強くなりたい」。その思いが異様に強い「猗窩座」。
猗窩座のエピソードが切ない一番の理由は、猗窩座自身が「なぜ自分が強くなりたかったのか」を忘れてしまっていること。
愛する人たちを守りたい。そのために強くなりたい。
そう思っていたのに、鬼になって人の心を忘れてしまった彼は、強くなりたい本当の理由を忘れ、戦闘マシーンのようになってしまう。
彼が、弱者を嫌悪することにも意味がある。
弱者は卑怯なやり方で、狛治の大切な人を奪っていった。
師匠と狛治に力では勝てないから、隣の剣道場の者たちは井戸に毒を入れたのだ。
自分の大切な人の命を奪った人間を狛治は許せなかった。
当然だ。許せないに決まっている。
そして、もうひとり許せない人物がいた。
自分だ。
大事なときに彼らの傍にいなかった、自分。
守れなかった、自分。
だから、猗窩座はそれを思い出したとき、
大切な人を守れなかった弱い自分を殺したいと思ったのだろう。
猗窩座の魅力
強くなることだけを追い求め、強者に敬意を払い、弱者を嫌う。
猗窩座は、強い者と相対すると、その名前を聞きたがる。
煉󠄁獄杏寿郎の名もしっかり覚えていたし、練り上げられた剣技を持つ義勇の名も「覚えておきたい!」と言って、熱心に聞きたがった。
義勇に「鬼に名乗るほどの名はない」と、けんもほろろに断られているのに、めげることもなく「何度だって聞く」と言っている。
この性質は、もしかすると過去の経験に由来するのかもしれない。
師匠に拾われて、道場に入った際のこと。
師匠は恋雪に「(狛治が)名前を言わない」と言っている。そしてさらに、「少し出かけるから、名前を聞き出しといてくれ」と。
作中で描かれてはいないが、きっとその後、恋雪が名を聞きだしたのだろう。
狛治にとって、この出来事は大切な思い出のひとつになっているはずだ。
だから、名前にこだわるのかもしれない。
そして、戦闘中に炭治郎が「義勇さん!」と叫ぶのを聞いて、名前を知ることができた彼は嬉しそうに笑っているのだ。
そしてなぜか誰のこともファーストネームで呼ぶ。ちょっとなれなれしい。笑
義勇のことは苗字を知らないから仕方ないのだが、無限列車編での戦闘でも「杏寿郎!」と連呼していたし、今回も「炭治郎」と呼んでいた。
なのに、義勇には「上弦の参」と呼ばれていた。
片思いのような報われなさが、なんだかこっけいでおかしみがある。
猗窩座には、そういうところがある。
こういう部分が「憎めないやつ感」というか、人気の一因なのかもしれないと思う。
獪岳と善逸
かつて獪岳は、善逸の兄弟子だった。共に鬼殺隊に入り、鬼を倒していた。
雷の呼吸の「一の型」だけ使えない獪岳と、「一の型」しか使えない善逸。そんな2人を師匠であるじいちゃんは、雷の呼吸の継承者として指名する。
もちろん獪岳は反発した。兄弟子からすれば善逸は非常に頼りなく見えただろうし、型をひとつしか使えないのに、自分と同じ待遇であることに不満もあっただろう。
そんな兄弟子を善逸が慕うはずもない。
でも、尊敬はしていた。
私はあの戦闘シーンを見て、彼らはまぎれもなく良い兄弟弟子だったのだと思った。
鬼になるか死ぬかしかなかった獪岳
雷の呼吸の継承者で、鬼殺隊の隊士として動いていたはずの獪岳は鬼になり、弟弟子の善逸の前に現れる。
ともすれば、悪い奴のようにうつってしまう獪岳だが、彼にはあまりにも選択肢がなかったように思う。
隊士としての任務中に、上弦の壱である「黒死牟」と遭遇してしまっているからだ。あの時点で、彼には「死ぬか、鬼になって生きるか」の2つの選択肢しか残されていなかった。
死ぬのは怖い。
この選択を迫られて、死を選べる人はどれほどいるだろう。
煉󠄁獄さんは死を選んだけれど、皆がみんな、煉󠄁獄杏寿郎のような強い心を持つ人間ばかりではない。
獪岳だって鬼になりたくてなったわけではないだろう。
そう考えると、獪岳ばかりを責められないと思うのだ。
善逸の想い
詳しい事情は知らなかったにせよ、おそらく善逸も獪岳が鬼になりたくてなったのではないことは、わかっていたのだろうと思う。
それでも、兄弟子が鬼になってしまった以上、自分が倒さなければならない。
その心中はいかばかりか。
獪岳のせいでじいちゃんは死んだ。
その怒りももちろんあっただろう。
でも、兄弟子を思う気持ちも同じぐらいあったはずだ。
獪岳を救うには、そうするしかない。
だからこそ、善逸は柱稽古のときに鍛錬に励んだし、怖さをねじ伏せて無限城に入った。
自分がやらなきゃいけない。
そう固く心に誓って。



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