光というタイトルだけれども、そこに光はない。
彼らの中にあった光は、なんだったのだろう。
光があるから影がある。
彼らは島という影に飲み込まれ、月という魔性の存在に束の間照らされてしまったのかもしれない。
前衛的な音楽
音楽。率直に言って驚いた。
この映画に関しては、音楽の話は避けては通れないだろう。
めちゃくちゃ前衛的、という表現が適切かわからないが、それが一番私の感情に近い気がしている。
音楽が入るタイミングが絶妙にわからない。
しかも、テクノで結構なボリュームで鳴る。
あとは、演出。謎の絵や俳優の腰(特に傷とかもない)がアップで映されるのだが、それが何を表しているのかが私にはわからなかった。
絵に関しては、植物が人体にまとわりついていたので、あの島からいまだに逃れられない彼らを表していたかもしれない。
さらに、ビニールでできた「内臓が出ている豚」が吊られている空間。
その空間にいる信之と幼い娘。
非常に不思議で不気味さを演出する場面だった。
違和感がところどころあるのだが、井浦新のコメントを読んで妙に納得した。
これは映画じゃなくて芸術だったんだ、と。
納得というか、そういう解釈があったか!と膝を打つような感じだ。
でも、この作品は多分みんなが驚いたと思われる。
制作陣も多分。
音楽は、テクノミュージックの巨匠が担当したということだから、大人の事情がぼんやり透けて見えるような気もしたりしなかったり。
島に囚われる男たち
あの日からすべてが変わってしまった。
信之が未喜を助けるために、男を殺してしまったときから。
地震によって彼らの生活は大きく変わってしまったけれど、その前からすでに転機は訪れていたのだ。
地震が起きたことで、殺人は誰にも気づかれずに葬り去られた。
しかし、輔だけは気づいた。
そしてなぜか遺体の写真を撮っていた。
まさか写真を撮った時点で、後で脅しに使えるとは考えていなかっただろう。
まだ小学生だった輔がそんなふうに考えていたとしたら、こわすぎる。
そして時は25年後に飛ぶ。
信之には妻と子どもがいて、未喜は女優になっていた。
輔は信之の妻と不倫関係。
輔はねじ曲がった愛情を求めて、信之に自分のためになにかしてほしいと願っている。
いやがらせのように付きまとい、会社に電話をかけたり、未喜に手紙を送ったりした。
信之はといえば、あの日から変わらず未喜だけを求めていた。
信之と輔の2人の心は、時が経ってもずっと島から出られていなかった。
皮肉にも、未喜だけが自分の人生を歩んでいたといえるだろう。
輔を殺し、未喜から突き放された信之は妻と子のもとへ帰る。
抜け殻になったような信之が、自分の人生を生きられる日は来るのだろうか。



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